Shoko Igeta

ボローニャの旅-Ⅱ~ボローニャの歴史~

もっとここにいたい!という思いを残しながら高速列車でフィレンツェを後にし、ボローニャまで移動しました。

そもそも、ボローニャに行くことにした理由は単にイタリア人の友人がボローニャに住んでいるため。そもそもその友人はイタリア南部の出身ですが、ボローニャで大学院を卒業し、この経済難(南部は特に)のイタリアでボローニャで就職しました。

ほぼ3年ぶりに再会し、数日間でしたが私のために地元の案内をしてくれたり、ボローニャに来たらこれ!というものをたらふく食べに連れて歩いてくれました!

彼の南イタリアならではのメンタリティーも大変興味深かったのでそのお話しはまた次回書きますね。今回は彼が案内しながら話してくれたボローニャ市内で面白いなぁ!と思ったことをご紹介します。

まず、1つ目はボローニャは昔、ベネチアのようだった!ということ!

ボローニャも昔はベネチアのように町中運河だらけだったということです!その運河をほぼすべて埋めて現在のような街になっているとのこと。

なぜか?!

というのも、昔運河だらけだったころ、もともと地形が沼地のような感じだったとのことで夏になると大量の蚊が発生し、それが原因で多くの人が伝染病にかかって命を落としたそうです。この状態を脱するためにも、運河を埋めてしまうという策をとったそうですが、今でも、地下には昔の運河跡が残っているのだとか。(一般の人は立ち入れないそうです)

この話、ボローニャが今も霧で有名な町と言われていることに納得しました。

だから町中の歩道に面した建物はこのようにすべてアーケードのようにアーチ状に作られています。現在車道となっている部分はすべて運河だったと想像できます。↓

2016-03-19 13.35.54

 

でも!一般の人でもその名残をまだ感じられるところが残っています!そこに友人が案内してくれました。!

メインストリートから一本入った路地に小さな小窓のようなものが!そこを覗くとほら!↓

 

 

確かに運河が!!ベネチアに行ったことのある方はこの町が昔はベネチアのようだったということがきっと想像できるはずです。

昔のボローニャの姿を想像してみると見てみたかったなぁ・・・となんだか切ない気持ちになりました。

もう1つはムッソリーニの銃撃現場!ボローニャのメインストリートの一つ、インデペンデンツィア通りからネプチューンの噴水にぶつかる交差点にたどり着いたとき、友人が

「ここで、昔ムッソリーニが銃で撃たれたんだけど、その時彼は胸に沢山の勲章をつけていてなんとその弾丸が勲章に当たって彼は銃撃で死ななかったんだよ。」と教えてくれました。まさにこの場所で!↓

 

2016-03-19 12.32.20

ベルリンに住んでいるとナチの話やあのちょび髭のおじさんの話はよく耳にするのですが、イタリアに来たらやはりここではムッソリーニ・・・

いろいろと思うところがありました。

私は、旅が昔から大好きなのですが、どうにもこうにも下調べというものが嫌いで・・・

ガイドブックを読み漁るということはほぼせず、とにかくマップをもって気持ちの赴くままにふらふら歩きまわるのが大好きなので、ここで絶対にこれを見なきゃ!というものがあまりないのですがやっぱり、現地の人から話を聞くことが一番の醍醐味だなぁ・・・と実感しました。

 

 

 

 

sponsored link

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA